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名古屋地方裁判所 昭和30年(ワ)1023号 判決 1956年9月07日

原告 安井義文

被告 中山俊治 外三名

主文

被告中山俊治、同中山俊一、同石田幸敏は原告に対し各自金弐拾参万円及びこれに対する昭和三十年八月三日以降(但し被告石田幸敏のみは同月四日以降)完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告の右被告三名に対するその余の請求部分及び原告の被告石田二郎に対する請求は棄却する。

訴訟費用中、原告と被告石田二郎との間に生じた部分は原告の負担とし、原告とその余の被告三名との間に生じた部分はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告中山俊治、同中山俊一、同石田幸敏の連帯負担とする。

事  実<省略>

理由

一、原告主張の日時に、被告俊治が原告より本件自動車を借受けて運転し被告幸敏が同乗して共に運転中事故を惹起し右自動車を破損せしめたことは当事者間に争いなく、被告俊治が被告幸敏に右自動車の運転をさせたことが借受契約に違反する行為であることは成立に争いのない甲第四号証及び被告俊治の供述により認められ、被告俊治が借受に際して原告に対し、予め破損に際してのその修理費と修理期間中一日に付金三千円の休車損害金を支払う旨及び被告幸敏がその連帯保証人となる旨を記載して被告俊一、同幸敏両名の署名がある甲第三号証の一、二(入会申入書、認承事項書)に被告俊治の印鑑証明書を添えて原告に差入れたこと、その後事故発生の翌日に被告俊治、同幸敏は右書面記載事項を確認の上更に被告俊一を加えてこの三名が原告に対し本件事故による修理費及び損害金を支払う旨を記載した被告三名連署の誓約書なる書面(甲第一号証)を作成して原告に差入れたことはいずれも成立に争いのない甲第一、二号証、甲第三号証の一、二、甲第四号証及び右被告三名の各供述により明かである。

二、損害賠償に関する合意について

被告等は、右認承事項書(甲第三号証の二)及び誓約書(甲第一号証)に「修理費」及び「休車損害金」と記載してある以上被告等は、その各書面を差入れるに際して破損自動車が現実に修理された場合についての修理費と休車損害金を負担する旨約したのであつて、本件事故における如く、破損自動車を修理せられなかつた場合には損害賠償の責に任じない約定である旨主張するのでこの点につき判断する。

右各書面において「修理費」及び「修理中の休車損害金」なる語が用いられていることは、被告等主張の通りであるが、原告の供述により認められる本件自動車貸借に際しての事情全般より考察するならば、通例事故による損害は修理により回復可能である場合が多いのでかかる場合を一般的に予想して右の如き言葉が用いられたにすぎないものであり、破損自動車の損害が大きくて修理費が多額にのぼり、かかる修理を加えても経済的に利益でないと思われる場合には被告において適当な価格でこれを売却の上損害金を請求し得る旨を暗黙の中に前提としているものと解すべきである。然らざれば、被告等は破損車の損害が小にして修理可能な場合には責を負うが、それが大にして修理不能な時には責を負わないという極めて奇妙な結果になるからである。

以上の次第でこの点に関する被告等の主張は理由がない。従つて右被告等三名は、本件自動車事故により生じた損害につきその現実に生じた損害額と、将来得べかりし利益である休車料として右損害額支払に至るまで一日金三千円の割合による金員の支払を約したものと云わねばならず、後記の如く本件破損自動車は修理不能(経済的不能を含む)であつても被告等三名は右約定に従つて原告に対し、本件事故より生じた損害を賠償しなければならないのである(但し休車料に関する契約が無効なことについては後記参照)。

三、被告石田二郎に対する請求について

しかしながら、被告石田二郎は前記請約書(甲第一号証)にその署名もなく、又仮に原告本人(第一回)及び被告俊一の各供述の如く被告二郎は原告等と本件事故現場え同道した際『息子(被告幸敏)が事故を起したのだから、この責任は私も負う』と述べたとしてもそれは単に加害者の肉親として損害賠償に協力するというだけの言葉と思われるのであつて、これを以て同被告が直接原告に対し本件損害賠償債務の重畳的引受乃至は保証債務負担をする旨の法律的意思表示をなしたものと解することはできない。従つて原告の被告二郎に対する請求は理由がない。

四、現実に生じた損害額について、

本件自動車の買入価額が金七十万円で買入後本件事故発生時まで約二ヶ月半を経過し、一ヶ月の減価償却費が一万五千円乃至二万円であることは証人鈴木宏の証言及び同証言により真正に成立したと認められる甲第五号証の一によつて明かであるから本件自動車の事故発生直前における時価は金六十五万円となる。そして右時価は証人鈴木宏の証言とも又一致するのである。次いで本件自動車事故による原告の保険金受入額金三十万円であることは証人寺師季春の証言により、破損自動車の売却価額が金十二万円であることは証人久保孝三の証言及び原告本人(第一回)の供述によつて真正に成立したと認められる甲第五号証の三により夫々明かである。而して本件自動車の破損程度が修理費が多額にのぼり、かかる修理を加えても経済的に利益でないと思われる程度のものであることは証人久田孝三、同寺師季春の各証言により明かであり、又原告が本件破損自動車を売却した代金が不当に廉価であつたとの証拠もない。原告は更に本件事故現場において、本件自動車のヘツドライト他数点の部品が盗難に罹つたがこれを原告において負担することとして金五千円と見積つているが、原告の立証に徴するも右盗難の事実は認められず、従つて右部品についてこれが損害賠償を請求することは当然できないのであつて、しかも証人久田孝三の証言によれば右部品の時価は合計一万五千円と認められるから、原告主張の金額より更に一万円減少すべきである。従つて本件事故による自動車破損の価額は前記時価より、保険金受入額、破損自動車の売却価額及び右部品価額を控除した金二十一万五千円となり、原告は同額の損害を蒙つたのである。被告は原告が保険会社に対する告知義務に違反したため本来受け得べき保険金額の一部を受け得なかつたのであるから、この分だけ、損害額を減少すべきである旨主張するが、被害者の保険金受領額は加害者の損害賠償債務額に影響するものではなく、唯実際に支払われた保険金額に相当する額だけ損害賠償債権が保険会社に移転するに過ぎないのであるから、原告が実際に受領した保険金額を差引いて賠償請求をしている以上、被告等の前記主張は当らない。

次に本件事故情況調査費として原告が金一万五千円を費消したことは原告本人尋問(第二回)の結果及び弁論の全趣旨に徴して認められるから原告は同額の損害を蒙つたことになる。

五、休車料に関する約定の効力について

被告俊治が原告倶楽部入会に際して事故を起した場合には原告に対し自動車修理期間中一日に付金三千円の割合による休車損害金を支払う旨契約し、被告幸敏が其の連帯保証人となつたことは前記認定の通りであり、原告はこれを一日に付金千円の割合の範囲内で請求すると云うのである。この休車料の約定はいわば得べかりし利益の喪失に関する損害賠償額の予定である。ところで成立に争いのない乙第一号証及び証人菅沼魯一の証言原告本人尋問の結果を綜合すれば原告は運輸大臣の許可なく貸自動車営業をなすものでこれは道路運送法第百一条に違反する可罰行為と認められるからこれに関係して右賠償額予定契約の効力が問題となる。同法は単に道路運送事業の適正な運営、公正な競争の確保と道路運送に関する秩序を確立するために一定の基準を定めて運輸大臣の監督下に置く趣旨の規定であるから所謂取締規定であつて、私法上の行為の効力を左右するものではない。(即ち原告と被告俊治との間の本件自動車貸与契約自体は無効でない。)しかしながら右賠償額の予定契約は将来に向つてのかような取締規定違反行為の反復実行を前提としこれによつて得られるべき利益を自動車借受人に転嫁することを目的とする契約であるから公序良俗に反するものであり無効である。而して原告は、その外に本件事故により蒙つた得べかりし利益の喪失の額を、主張も立証もしない。

六、従つて本件事故により原告の蒙つた損害額は前記金二十一万五千円と金一万五千円との合計金二十三万円である。

七、以上の次第で、被告中山俊治、石田幸敏、中山俊一は連帯して原告に対して金二十三万円及びこれに対する訴状送達の翌日なること記録上明らかな昭和三十年八月三日以降(但し、被告石田幸敏のみは同月四日以降)完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをなす義務あり、原告の請求は右の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条本文、第九十三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 植村秀三)

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